一票編集ブログを書くことになりました1人である日向(ひなた)と申します。
私はこの頃取り上げられている『オタク文化』について紹介したいと思います。評論家でもない、ただ身近で感じたことを書いていければと思っております。
皆様、『痛車』をご存知ですか?
最近の秋葉原では『痛車』という車が出現しています。
パソコンの変換ミスなどではありません。逆に変換ができません。『いたしゃ』とそのまま読む。普通の人は『いたしゃ』というと『イタリア車=イタ車』のイメージが一番強い。ここでは『痛車』という新たなる車文化について、私なりに説明したいと思います。
『痛車』とは?
『痛車』と聞いても理解や認知がありません。
簡単な説明になりますが、この頃出てきている萌えという要素を取り入れ、アニメやゲームのキャラクターやロゴを貼り付けている車をさします。ただし、その『萌え』要素を抜かした痛車も存在しているので注意してください。
車の外見では、例えばセダンの両サイドに大きくキャラクターを貼り付けて、アニメタイトルやゲームタイトルを貼り付ける人もいます。
海外の人は『Character Car』と称した人もいました。現在進行形で台湾でも痛車文化が波及してきています。
このように説明すると大きいステッカーしか貼らないイメージがあるが、小さいステッカーを貼っている人も世の中にあります。そのために千差万別で、この世にいろんな痛車が存在している。車以外にも、バイクは痛単車。自転車は痛チャリなど呼ばれています。
ここで法律を心配する人もいると思います。『そこまで気にするか?』という意見もあるかと思います。
アニメやゲームのロゴからキャラクターには商標権や著作権が存在しているのはご存知だと思います。実際に法令上では、違反していると言えるかもしれません。ただし、あくまで個人使用として、双方グレーゾーンになっている扱いだと思います。そのために著作権は親告制の関係上、著作者が動かない限りは黙認状態が続いています。
痛車の存在・目撃?
秋葉原で必ずしも見られるわけじゃない。『運がよければ見られる』というほど見られる数は限られます。
そして『公道を走っているのか?』『恥ずかしくないのか?』というのが一般論になるかと思いますが、私自身も痛車のオーナーでもあります。カラーステッカーで大きく貼っていたりもしています。都内でも秋葉原という町を少しでも離れればどのような見られ方だろうか?同じ都内でも少し離れた神保町・神田ではどう写るだろうか?
不思議がる人もいれば、嫌悪感を示す人、面白がる人などさまざまな反応があるかと思います。
そして、ステッカーは簡単に剥がせない。車に描いてしまうと簡単には戻せない。となると、ニュースでたまに取り上げられる時がございますが、そのまま町を走っています。(これに関してはイベントのために1日のみ限定仕様として、痛車にする人も中にはいるために一言には言えません。)
ニュース事例
http://mainichi.jp/enta/mantan/graph/anime/20080818/
はたまた、事情やこだわりによってはマグネットにしておき、自由に付け替えする人もいる。結局は目立つ存在でもある。
ただし、私の住んでいる町にも数台存在しながら見かけることはない。ただ、重要幹線沿いになれば話は別になります。
実際に集まるタイミングなど全て打ち合わせていたりする。それにより一気に何十、何百台という車が集まる場合がある。私の経験は浅いけど、2台一緒に並ばしただけでも、周りから浮きやすい存在になります。迷惑をかけないようにアイドリングからウーハー付きで音楽を爆音で流す(ウーハーとはステレオの低音を強く出す装置を指す。と言えばわかりやすい)などはしていない。痛車オーナーでもエンジンにも力を入れる人は多い。そのためにエンジン音もすごくなる場合がある。常識でもありますが、車で集まる場合はやはりアイドリングさせておりません。
問われるマナー・モラル
このように派手にドレスアップをすれば事故から迷惑駐車。そして集まりで迷惑をかければ、一人の行動だけでもすぐに特定ができるし、他の痛車オーナーにも響く時もある。
秋葉原の連続殺傷事件では『オタクが起こした!』ということで、世間の見方はどうだろうか?さらに、ユーザーが絞られるジャンル(痛車)で、そして飲酒運転、最悪の場合死亡事故を起こせばどういうイメージが作られるだろうか?
あとがき
これからも痛車は全体的に増えると思います。なぜならば、『痛車にしたい!』という人もたくさんいる。小さいステッカーのみの車などもありますし、こっそりやっている人もいます。そのような予備軍もあわせればかなりの数になります。
家庭内事情や車という高価な買い物のためか、全ての人が痛車にするわけではありませんが、これだけは理解してもらいたい。
いくら痛車という車に乗っていても、普段は働いている人ばかりです。普段は一般と呼ばれる人たちと同じ生活を送っている人ということを理解してほしい。
私はまだこの世界にはまって日が浅いです。新しい発見がこれからたくさんあると思います。
日向でした。